[異文化交流の開拓者たち] 第23回「ビーフ、ポークは英語?」

2017.11.16

 イギリスの歴史はイングランドを中心とする征服・被征服の歴史である。イングランドは13世紀にはウェールズを併合し、16世紀にアイルランドを植民地化し、18世初頭にスコットランドと合邦して「グレート・ブリテン王国」となり、19世紀初めにアイルランドを併合するが、20世紀にアイルランドの大部分が独立し、現在の「グレート・ブリテン及び北アイルランド連合王国」となった。
 それでは、それ以前のイングランドはどのようにして形成されたのだろうか。ローマ人がブリタニアと呼んだこのブリテン島には、紀元前から大陸から渡ってきたケルト系のブリトン人が住んでいたが、ローマが撤退すると、5世紀からゲルマン系のアングロサクソン人が侵攻してきて、ブリトン人は島の西端(ウェールズ)や北辺(スコットランド)に追いやられた。こうしてブリタニアの中央部と東南部は「アングル人の土地」を意味する「イングランド」と呼ばれるようになった。
 その後のイングランドはノルマン人(スカンジナビア半島から移住してきたヴァイキングの子孫)の侵攻に悩まされ、11世紀初頭にはその一派であるデーン人のカヌート大王に支配されるが、その死後、王位継承をめぐる争いの中でデーン人は撃退された。しかし、1066年、今度はフランス北部を征服していたノルマンディー公ギヨーム2世がイングランドに侵攻してきて、ヘイスティングスの戦いでハロルド2世を破り、ウィリアム1世としてイングランド王を兼ねることになった。これが有名なノルマン・コンクエスト(ノルマン人による英国征服)である。
 征服と言っても、支配層のアングロサクソンの領主たちが追放されてノルマン人がそれに取って代わっただけである。だが、それ以後、イングランドは数世紀にわたって、支配者となったノルマン貴族の下でフランス文化の影響を強く受けることになった。
 その後、イングランド国王が支配する領域はヘンリー2世の下でアンジュー帝国(プランタジネット王朝)として現在のフランスの西半分にまで及び、東半分を支配するフランス王国(カペー王朝、ヴァロア王朝)と対立し攻防を繰り返した末、百年戦争におけるジャンヌ・ダルクのオルレアン解放などを経て、イングランド軍は敗退し大陸から撤退するのである。
 だがその間に、フランス文化の影響を強く受けたイングランドでは、数世紀にわたりフランス語が貴族社会の日常言語となった。今日の英語のなかに多くの中世フランス語が入り込んでいるのは、そういう理由からで、現代英語の語彙の半数以上が中世フランス語またはラテン語に由来すると言われている。
 フランス語を借用した英語の例を挙げればキリがないが、例えば、court(法廷、フランス語ではcour)、judge(裁判官、juge)、tax(税金、taxe)、government(政府、gouvernement)、liberty(自由、liberté)、people(人民、peuple)などがそうである。
 中には、libertyのように、英語のfreedomの同義語として使われているものもある。他方、人間生活に密着した基礎的な単語は、ほとんどフランス語の影響を受けていない。例えば、father(父、père)、house(家、maison)、dog(犬、chien)などである。
 ところで、英語で牛はcow、牛肉はbeefだが、フランス語ではどちらも同じbœufである。なぜか。
 もともと英語では、牛も牛肉もcowだった。ところが、ノルマン征服の後、イングランドの上流階級は牛肉を食べるときに、ノルマン人がブフ(bœuf)と言っているのを真似て、牛肉をブフと呼ぶようになり、それがベフになりビーフ(beef)になったのである。
 だが、牛を飼育する中下層階級にとっては、ノルマン人に征服されたといっても領主が代わっただけで、自分たちの生活が変わったわけではない。だから上流階級の間で牛肉がcowからbeefに変ろうとも、牛はcowのまま今日に至っているのである。
 豚肉がフランス語のporcからきたporkであるのに、豚はpigのままであるのも、羊肉がフランス語のmoutonからきたmuttonであるのに、羊はsheepのままであるのも、同じ理由からである。

(草原克豪)