一般財団法人 英語教育協議会
ELEC(エレック)英語研修所
  1. 岡倉由三郎先生(最終回)ラヂオ放送初等英語講話 (島岡 丘 筑波大学名誉教授シニアプロフェッサー)

岡倉由三郎先生(最終回)ラヂオ放送初等英語講話
 (島岡 丘 筑波大学名誉教授シニアプロフェッサー)

エッセイ2017.07.03

 岡倉はラヂオ放送による英語教育の意味について、明らかに、一つの哲学と使命感を持っていた。放送の一大特色は全国津津浦浦の人々に声を届けることができるということである。巷で耳にするのは、都会に住むAさんは北海道北部に住むBさんよりも英語ができるのは、先生がよいからだとか、学習環境に恵まれているからだなど、自分の努力不足を言わずに、回りの所為にしてしまうことが多いようである。その点、放送の特徴は全国津津浦浦に同じものが同じ条件で伝達されるということである。もう一つ大事なことは言葉の正しい理解である。つまり、言葉そのものよりも、言葉に衣服を着せて、まるで、その衣服が言葉であるかのような誤解を与えがちである。岡倉は美しい肉体そのものを鑑賞すべきであることを力説する。放送を通して言葉の美しさを美しく伝え、聞いている人を感動させることも出来るし、あるいは悪人は聞いている人を扇動して一定の方向付けもできる、いわば、諸刃の刃である。
 岡倉は言葉の重要なことに気づき、NHK初等英語講話を日本で初めて大正14年7月に創設した。それ以後、毎週3回づつ12年間に及ぶ。当時の語学放送のおかげで、英語の楽しさをを耳から覚えることができ、英語のネィティヴの不足などの逆境を乗り越えることができ、英語を身につけた人は何万人もいるだろう。筆者は昭和17-8年英語会話を聞き続けたが、当時ラジオの講師、平川唯一氏が言った文で、”Good evening, everybody….There are millions and millions of listeners throughout Japan.”という表現が70年後の今の自分に聴覚映像としてはっきり残っている。耳から覚えると定着性が高いのは体験済みである。
 第二に、放送は語学学習の条件に合っていると思うのである。つまり、特に初修の段階では、耳を通して学習させることができる、ということである。漢字中心の文化圏では、文字依存の学習になってしまって音声把握が疎かになりがちである。目で覚えるのでは英語のもつリズムとか音調は身につかないようだ。例えば、goodのooは[uː]か[ʊ]か、saysは[sez]か[seIz]か、nightは[naIt]か[ni:t]か、againの-gainは[-gen]か[-geIn] かどちらが正しいのか、つづり字だけだと判定は出来ない。そこで、岡倉は正書法の真下に発音記号を付け加えた。
 現在の音声教育の問題点は発音記号が「声を張りはりあげて、怖れずに、悔らずに、真心こめて、英語の大道を、力強く進みたまへ」(岡倉:放送法スクリプト(第二巻の巻頭より)という岡倉のメッセージは、どこまでとどいているのだろうか。 現在は、とかく、発音記号の狙いがつづり字を誤りなく読み取れるという学習の手段でなく、むしろ、学習そのものの対象となっているのは残念至極である。この点では、その趣旨に沿うべく新たにカナ表記SKT方式をつけ、三層表記法が必要かもしれない。EPTA学会(English Pronunciation & Transcription Association)で提唱した2010)
 NHK初の試みとして言い知れず苦労があったことが推察される。岡倉は「初等英語講話」を前述の通り12年間担当した。10年以上も担当すると、場慣れしてさぞかし楽しいでしょう、と第3者に聞かれたことがあったそうである。その問いに対しては、岡倉は決してそのような楽しいことはありませんと答えられ、毎回最初の時のように緊張して、間違わないように細心の注意を払って番組を進めていると答えられたそうである。NHKの放送局のあった愛宕山から帰路につくとき、上野のお寺から釣鐘をつく音が聞こえてきたが、鐘を打つのに長年一意専念した老人の話では、鐘の音の間隔が長過ぎたり、短すぎたり、強過ぎたり、または弱過ぎたりして、一度も満足のいくように鐘を打てたことはない、との話を引用し、自分も同じで、毎回ドキドキして何となく固くるしく行っているとのことである。岡倉の話では、聞いてくれている人を少しでも楽しませるように「Jの文字は象のお鼻がよく似ている」と言ったり、We watchのwを言う時の唇の丸めは「水を飲む時の恰好」と言ったり、「l」を出すときは、歯が痛いときの恰好で声を上歯にあてるとよいなど、常に学習者の立場から容易でわかりやすい方法を実行したそうである。いよいよ講座の終わりになったとき、「元の木阿弥の今日のわたくし、おはずかしゅうございます」と言って、放送局のあった愛宕山の坂道を静かに降りて行ったそうである。
 5回にわたって岡倉の伝記を、生糸商いの実家、英語、日本語、韓国語などの幅広い著書、本質を解明しようとした英語教育の著作、日本人像を英語で描いた海外講演などの海外文化活動、ラジオによる英語講話12年間など超人的活動を述べてきた。岡倉についてさらに知るためには、復刻版『英語の研究と教授』(全5巻)にある4名の同僚の教官が書いた追悼文が役立つであろう。
 執筆にあたって、多くの方々のお世話になったので、この場を借りてお礼申しあげたい。特に大塚図書館勤務の大楽事務官、及びNHK放送博物館の図書室勤務の高橋事務官には大変お世話になった。お二人の親身のお力添えがなかったなら、この論文は出来上がらなかったであろう。

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