一般財団法人 英語教育協議会
ELEC(エレック)英語研修所
  1. アジアの英語 ~日本企業の英語対応を考えて~

アジアの英語 ~日本企業の英語対応を考えて~

評論2020.07.01

本名信行(青山学院大学名誉教授)


1.現代英語の2つの潮流

 現代英語は2つの傾向をもっています。それは言語の歴史のなかで、どの言語も獲得したことのないダイナミズムです。第1は、英語の国際的普及(global spread)です。第2は、その多様な民族変種(national varieties)の発達です。英語の国際化は必然的にその多様化を招いています。2つの傾向は表裏一体なのです。

 英語はずっと以前から、イギリスやアメリカの国境を越え、世界の人びとのもう1つのことば(additional language)になっています。世界の人びとは英語を使って、いろいろな国の人びとと交流を求め、深めています。21世紀の英語はグローバル、あるいは多国間コミュニケーションのことばとして、広域に確立しています。

 すなわち、日本人の立場からいうと、英語はアメリカ人やイギリス人とだけ話すことばではなく、アジア、ヨーロッパ、アフリカ、ラテンアメリカと、世界のさまざまな地域の人びとを相手にすることばなのです。他のどの言語もこれほどの規模で、この働きをするものはなく、英語はまさに世界的な役割をはたしているといえます。

 同時に、英語は実に多様な言語なのです。アメリカ人がアメリカ英語、イギリス人がイギリス英語を話しているように、インド人はインド英語、フィリピン人はフィリピン英語、ナイジェリア人はナイジェリア英語、ガーナ人はガーナ英語を話しています。事実、世界の人びとはみな、独自の民族的特徴をもった英語をものにしているのです。日本人も例外ではありません。


2.英語はアジアのことば

 英語の国際的普及にともない、英語はアジアのことばになっています。アジアには南アジア地域協力連合(SAARC インドなど8カ国)と東南アジア諸国連合(ASEAN マレーシアなど10カ国)に代表される巨大な経済協力圏が存在し、英語は両組織で唯一の公用語に制定されています。日本、中国、韓国もこれらの経済圏との協力関係を強めており、英語の役割はアジアに広く及んでいます。

 また、アジアでは、人びとは英語を活用すると同時に、その音声、語彙、文法、意味、そして運用の面で、新しい次元を開発しています。私たちは英語をアジアの文化的状況のなかで使っているのです。このために、英語は脱英米化の傾向を帯びてきます。フィリピンの作家ヘミノ・アバッドは、”The English language is now ours. We have colonized it, too.”という名言を残しました。

 事実、英語はアジアで多文化化しています。アジアのさまざまな国の言語と文化が、それぞれの英語に反映されるのです。各国は、独自の英語変種が発達しているか、あるいはそれが発達する途上にあるといえます。アジアで英語を使用するさいには、アメリカ文化やイギリス文化はあまり重要な役割をはたしません。このことは、世界の各地についていえます。

 そこで、英語学習と英語教育で「文化」を扱うさいには、注意が必要になります。「英語の文化」は「アメリカの文化」や「イギリスの文化」ではありません。世界のすべての文化を指すのです。ですから、英語を異文化間コミュニケーションのことばとして使うならば、まずは相手の文化、言い方、そしてコミュニケーション・スタイルなどに興味をもつことが大切です。

 現代英語でとくに著しい現象は、話し手の数はネイティブよりもノンネイティブのほうがずっと多く、非母語話者どうしの英語コミュニケーションが増えているということです。アジアではアジア人どうしが最も頻繁に英語を使っています。そして、オフィス、学校、街角で実に多様な英語がとびかっています。それは英語の脱英米化の現れなのです。

 つまり、英語の国際化は、アメリカ英語やイギリス英語が一枚岩の世界言語になったのではありません。むしろ、それにより世界各地で英語が多様化し、さまざまな変種が発生しているのです。専門家はこの現象を世界諸英語(World Englishes)と呼んでいます。英語が複数形になっていますが、英語は複数形が似合うことばなのです。

 

3.面子表現

 多様化の大きな要因は言語接触です。言語と言語が接触すると、それらは興味深い方法でさまざまに混じり合うものなのです。しかも、どの言語も他の言語と接触するので、純粋で、雑り気のない言語という概念は、想像上の産物にすぎません。これは、英語をアジアの言語と考えると実にわかりやすい現象です。

 アジア地域で広まっているいろいろな英語の構造は、アジア諸言語の影響を多大に受けています。その融合現象は語彙には容易に見てとれます。たとえば、面子(face)です。面子(face)は中国語の影響を受け、respect(敬意)、pride(誇り)、honor(名誉)などを表わす概念として、広くいきわたっています。

 一般英語はsave (lose) faceの言い方に限定されていますが、アジア英語の面子表現は実に多彩です。次はシンガポール英語の例です。なお、これらはマレーシアなどでも使われます。

 1.You failed again…. I don’t know where to hide my face.(またしくじったの。もう、穴があったら入りたいよ)

 2. Why did you do that to me? I got no face now.(どうしてそんなことをしてくれたの。私の面子は丸潰れじゃないの)

 3. Since I don’t know where to put my face in this company, I might as well leave and save what little face I have left.(会社のみんなに合せる顔がないので、退職したほうがよいかも、このままでは面目丸潰れです)

 これらの語句はイギリス英語やアメリカ英語では使用されていませんが、けっして間違いなどではなりません。これらはシンガポール社会で、なんらかのために有用であるならば、必ずそこに深く根付いていくでしょう。同じことは、他のアジア英語についてもいえます。

 もちろん、中国英語にも、面子の言い方は驚くほどたくさんあります。中国には、A man has his face, just as a tree has its bark.(樹木に樹皮がありように、人間には顔がある)という諺があります。日本人も「私の顔を立ててください」などと言いたいでしょう。中国人の言い方を聞いていると、Give me face.と言っています。面子とはリスペクトのことなのです。

 これは日本人にも使いやすいでしょう。こういう言い方をすると、アジア人として英語を使っていることが実感できます。次の例は、日本のビジネスマンにとって参考になります。日中ビジネスコミュニケーションでは、日本語と中国語に加えて、英語が重要な仲介言語(intermediary language)になっているのです。

 4. I know your face is bigger than mine.(あなたの面子のほうが私の面子よりも重要なのはわかります。「でかいツラ」でない)

 5. But please take my face into consideration, too.(しかし、私の面子も考えてください)

 6. If I went back to Japan without this contract, I would become faceless in my company.(この契約なしに帰国すれば、私は会社で顔が立ちません)

 このように、英語はアジアの土壌に根付き、アジア各国の文化を反映し、各国で独自の変種を発達させています。それらは、国内ビジネスはもとより、国際ビジネスにも幅広く使われます。アジアの人びとは母語と英語を話すバイリンガルで、当然のことながら英語のなかに母語の特徴が組み込まれることになります。


4.インド英語から

 インドの英語作家はこのことを静かに実行しています。彼らの詩作を1つ紹介しておきます。私たちの英語活動を考えるとき、ここに盛られた内容と、それを表す英語はとても参考になるでしょう。次ぎは女流詩人Kamara Das(カマラ・ダス1934-2009)の作品です。

 

“Don’t write in English, they said,

English is not your mother tongue…

…The language I speak

Becomes mine, its distortions, its queerness

All mine, mine alone, it is half English, half

Indian, funny perhaps, but it is honest.

It is as human as I am human…

…It voices my joys, my longings, my

                           Hopes…”


(英語で書いてはなりません、と彼ら言いました。英語はあなたの母語ではないでしょう。…私が話すことばは私のことばになるのです。その歪み、奇妙さは私のものです。私だけのものです。それは半分英語ふうで、半分インドふうです。おかしいかもしれません。それでも、それは正直な表現です。それは私という人間のことばなのです。それは私の喜び、願い、希望を声にします)

 これはインド英語の論理であり、その神髄といえるでしょう。私たちも努力して、「私の話す英語は私のものです」と考えるようになりたいと思うでしょう。また、私たちは「自分のもう1つのことば」である英語で、自分の「喜び、願い、希望」を表現できるようになりたいものです。

 実際、インド人の英語には、発音、語彙、意味、表現、そして文法などのさまざまな分野で、英米英語と違った傾向がたくさん見られます。そのほとんどは、現地言語の影響を受けたものです。私は初めてインドを訪問したときに、インドの旅行代理店でDo you have a branch in other cities? とたずねたことがあります。すると、Yes, we are having a branch in Mumbai.という返答がありました。

 英米英語では、動詞を静的動詞(static verb)と動的動詞(dynamic verb)に区別して、前者は静的状態を含蓄するので、進行形を作らないというルールが存在します。しかし、インド英語(あるいはその他の多くの英語変種)では、そういった区別をせずに、たいがいの動詞は「進行中」という概念を進行形で表します。

 7. We are all missing you.

 8. We are having a history of about five thousand years.

 9. ...we are treating Muslims as a part of our community members ...and also we are respecting their culture and giving them national holidays.

 ところで、アメリカのマクドナルドの広告キャッチフレーズは、I’m lovin’ it. です。やはり、かぶりつきの状況描写には進行形のほうがぴったりでしょう。また、アメリカ英語では、How are you liking our company? のように、likeを進行形にすることもあります。これも進行形のほうが、ぴったりくるでしょう。静的動詞と動的動詞の区別は絶対に必要というわけではないのです。

 

5.日本企業の英語対応

 私たちは「英語は世界の共通語」と聞くと、同じ英語の言い方をしなければならないと思いがちです。しかし、よく考えてみると、多様な言い方が容認されていなければ、共通語とはいえません。たとえば、日本人が「私はあの会合に行きましたが、あなたはどうして来なかったのですか」とい英語で言うとき、日本語に合わせて、I went to the meeting. Why didn’t you come? と言いたくなるでしょう。

 ところが、ネイティブはこのことを、I was there. Where were you? と言います。そこに「行く」という動きではなく、そこに「いる」という存在としてとらえるのです。しかし、私たちはこのようなネイティブの言い方を知らなくても、日本語の言い方で同様のメッセージを伝えることができます。世界中の人びとは同じようなことをしています。

 日本企業は英語研修に熱心ですが、現代英語の真の姿を十分に理解しているとは言い難いようです。英語がビジネスできわめて重要な言語であることはよく認識されているのですが、英語が国際言語であるということ、そしてノンネイティブがノンネイティブらしい英語を使うことの論理は体得できていないようです。

 そのために、ネイティブ志向から脱却せず、研修もTOEIC対策や一般的な英会話などに比重をかけがちです。日本の多くの企業は、アジアを拠点としています。事実、日本のビジネスは、英語を母語としない国々との取引で、利益をあげているのです。アジア諸国の人びとが使う英語を、もっと理解する必要があるのではないでしょうか。

 異文化間ビジネスの英語コミュニケーションで一番大切なことは、おたがいに相手を理解しようとする気持ちと、さまざまな違いをことばで調整する能力です。これからの英語学習は、このようなことばの社会的運用能力を獲得することを目指すべきでしょう。ことばの多様性に対する感受性と広い心が、なによりも重要になります。

 自分の価値や基準を相手に押しつけるといった態度では、コミュニケーションは深まりません。相手を理解しようという気持ちがあれば、発音や言い方、コミュニケーション・スタイルが異なっていたとしても、おたがいに努力を重ねれば、それらを乗り越えることができるでしょう。

 斎藤さんはインドの会社に出張し、CEOと会談しました。CEOの業務提案は難題なので、それはちょっとできかねますと答えました。CEOはそれではもう話すことはないと言い、部屋を出ていきました。山田さんは訳が分からず、ただ当惑するばかりでした。このままでは帰国できないと思い、知り合いのインド人ビジネスパーソンに聞いてみました。

 すると、Saying “no” is too direct and confrontational for most Indians and they can feel offended.とのこと。山田さんは、自分もいきなりノーと言われれば気分を害し、相手に対して親近感を失うことに気づきました。すぐに、CEOと連絡をとり、再度会合をもつことができました。そこで、I will try to do my best to find a mutually acceptable solution.と述べ、ビジネスは進展したそうです。

 私たちが使う英語にも質問がくるかもしれません。ていねいに説明すれば相互理解だけではなく、互いの文化を学ぶこともできるのです。英語を多文化間コミュニケーションのことばとして使うなら、相手の言い方に耳を澄ませ、多様な言い方を認め合い、寛容な態度でコミュニケーションすることが求められるのです。

(ほんな・のぶゆき)

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