ELEC賞と私:わたしと英語教育とのかかわり

2022.09.21

行森まさみ(大正大学准教授)

 

英語教育に携わって、気づけば20年以上がすぎていますが、ELEC賞の受賞が、私の英語教育との関わりにおいて大きな転機となったのは間違いありません。中高一貫校の教師を経て修士課程に進み、ELEC賞をいただいた後で博士課程に進学し、現在、都内の大学で英語の教職科目等を担当しながら、英語教育研究を続けています。

 

学部卒業後、私立の大学付属中高一貫校で英語を教え始めた頃は、英語教育がコミュニケーション能力育成へと舵を切ってからからしばらく経っていた時期でした。これまで焦点が置かれていた英語の言語的知識や読解力だけでなく、英語を実際に使用してコミュニケーションが図れる力の育成に日本の英語教育が向かおうとしていました。ただ、教育実践の現場は学校によっても、教師個人によっても対応がまちまちでした。「英語のコミュニケーション能力を学校の英語教育でどのように育成するのか」、「そもそもコミュニケーション能力とは何なのか」について模索が続いていました。ALTとのティームティーチングによって生徒が英語を使う場を作ったり、これまでの授業スタイルを継続しながら、それとはまた別に「英会話」の授業を取り入れたり、今思えば段階的な施策が行われていました。英語の知識の習得とそれを活用した言語活動を有機的に結びつける授業方法が、まだ今ほど多様に行われていない頃でした。同僚の先生方や他の付属校の先生方の授業実践に接する機会がありましたが、やはりそれぞれに異なっていました。

 

新人教師であった私は、若さにまかせて、とにかくいろいろ試してみるしかないと思い、自身がこれまで受けてきた読解重視の教え方を踏襲しながら、学部時代の留学時に経験したコミュニカティブな授業スタイルを少しずつ取り入れていく方法を採用しました。生徒たちは、英語を主体的に使える活動に喜んでいましたが、その一方で大学受験に対応できる文法・語彙力、読解力をつけるためにはどうしたらいいのかという相談も多く、受験を控えた高校生を受け持つ頃には、コミュニカティブな活動はすっかり最小限になり、生徒たちの読解力を向上させるための模索を続けることになりました。

 

「どうやったら英語がスラスラ読めるようになるの?」、「どうやったら英語で言っていることがわかるようになるの?」と生徒たちからの相談を受ける中で、言語習得の理論を私自身が学び直す必要性を感じました。さらに、決してコミュニカティブな授業とはいえなかった自分の教育実践にも疑問を感じており、英語教育におけるコミュニケーション力育成についてより深く理解したいと思い、修士課程で学ぶことを決めました。

 

修士論文の研究は、「英語のリーディング力とリスニング力を両方伸ばすには?」という生徒たちから何度もたずねられた質問を原点に、当時、研究が進んでいた学習ストラテジーの知見を援用して、生徒たちに調査協力をしてもらいました。「リーディングもリスニングも両方得意」、「リーディングは得意だけれどリスニングが苦手」、「リスニングは得意だけれどリーディングが苦手」といった特性ごとにグループ分けをし、それぞれの読解・聴解時のストラテジー使用意識について調べました。それは、今、向き合っている生徒たちに還元できる研究がしたいという思いからのものでした。

 

その研究をまとめ、『高校生の英語読解と聴解におけるストラテジー使用意識-効果的な読み方、聞き方を探る』と題したものが、2008年度のELEC賞をいただきました。まだまだ教師として経験不足だった自分が、生徒たちと一緒に悩む中でおこなった研究を評価していただけたことに感謝の思いでいっぱいでした。当時、生徒たちと向き合いながら今後も英語教師として自身も成長していくことを思い描いてはいましたが、現場の教師として感じていた疑問や課題についての研究がもっとできるのではないかとも考えていました。このまま中学高校の教師を続けていくか、それとも博士課程に進むかで迷っていた私は、この受賞をきっかけに博士課程への進学を決意しました。英語教育研究を続け、いつか英語の教職に就く未来の教師を育てることができたらという夢を持ったのも、この頃でした。今のキャリアの土台を作ってくれたのは、間違いなくこのELEC賞であると思っています。

 

受賞後、博士課程に進学し、英語教育研究を続けようと私は意気込んでいました。英語の各技能におけるストラテジー使用や関連性についてさらに調査してみたい、あるいは、学習動機づけとの関わりも見てみたい等、修士論文では出来なかったことにチャレンジしてみたいと思っていました。

 

ところが、指導教授から「博士課程では英語教育から離れなさい」と言われてしまいます。この先生は修士課程から丁寧にご指導くださり、修士論文をもとにした論文がELEC賞を受賞したことを大変喜んでくださり、授賞式にも来ていただいた先生です。英語教育から離れて一体何を研究するのか。最初にそう言われた時はその真意がはっきりとわかりませんでした。1年目の研究計画発表会では「ポライトネス理論」についての研究計画を出し、他の先生から「英語教育じゃないの?」と驚かれました。私自身も英語教育とまったく関係のないテーマで博士論文に向けた研究ができるのか、不安しかありませんでした。

 

その後も様々な講義を受講しました。社会言語学の講義では、ジブリ作品を使って日英語の違いについてディスカッションをし、日本語でおこなわれるコミュニケーションが英語に翻訳される際に何が起こるのかについて考えました。発話の文法や語彙レベルの翻訳をみるのではなく、一連のストーリーやコンテクストを勘案し、相互行為としてのコミュニケーションを考察するものでした。コンテクストに強く依存した発話のある日本語話者が、英語を話す際に感じる困難や、相手からの投げかけへの呼応の違い等、日本人の英語コミュニケーションを考える際のヒントが満載の講義でした。それはまさに、私が新人教師だった時に感じた「英語のコミュニケーション力育成」とはどういうことかという問いに、少し迫ることができるものでした。英語らしい表現ややりとりの理解・習得に終始してしまいそうな英語学習ではなく、日本語話者としての自身のコミュニケーション・スタイルを理解し、英語を話す際に相互行為として成立させるためにはどうしたらいいかを考えたり、調節したりできる力を養うことではないかと思うようになりました。

 

では、日本語話者としての感覚を英語話者の感覚に近づけさえすればコミュニケーションが成り立つのでしょうか。それを考えさせてくれたのは、「国際共通語としての英語」という考え方でした。私たちが英語でやりとりをするのは英語の母語話者だけではなく、同様に外国語や第二言語として英語を話す人たちも十分に想定できます。それぞれ母語の異なる人たちが英語を媒介語としてコミュニケーションを図る際には、必ずしも「正しい英語」や「母語話者の英語」である必要はありません。相互理解のためにある程度の共通理解性は必要ですが、実際のやりとりにおいては、違いに対する寛容性や、その時々の必要に応じた調整力が求められます。

 

しかし、日本の英語教育では、EFL環境であることや学校の一教科としての性質も一因となって「正しさ」が重視され、目標言語モデルとしての「母語話者性」が強調されているきらいがあります。英語教師として自分自身も「ネイティブならこう言う、こう言わない」といった部分に規範を求めることが多く、それを疑問に思うことがあまりなかったことに気づきました。「なぜそのような英語観に至ったのだろう?」そう思ったことが、博士論文研究の第一歩となりました。

 

また、指導教授に特に学ぶことを薦められた分野は社会学でした。修士論文では統計手法を使った研究をしていたので、質的調査方法についての知識を深めるため、ライフストーリー研究について社会学の先生の元で学ばせていただきました。ともすれば恣意的とも取られがちな、少数を対象としたインタビュー調査において、何をどのように聞き、どう分析し、記述するのか、その方法と実践を知ることができたのは大きな収穫でした。

 

この頃、指導教授から言われた「英語教育から離れなさい」ということばの真意を実感し始めていました。英語教育に限らないマクロな視点から「言語・社会・コミュニケーション」を捉え直す機会を与えられていたのでした。これはもちろんその後の博士論文に活かされたことは言うまでもないのですが、現在の勤務校での担当講義や学生指導にも大いに役立つものであり、かけがえのないものでした。

 

博士論文は「国際語としての英語における言語実践と規範主義日本人英語教師の英語観に関する研究」と題して、提出させていただくことができました。アンケート調査では全国の多くの現役の先生方に、ライフストーリー調査ではこれまでお世話になった敬愛する先生方にご協力をいただきました。博士課程在籍時は、プライベートでは子育てが一番大変だった時期と重なっていたのですが、周囲の協力があったからこそ何とか乗り切ることができました。

 

そして、現在の勤務校にご縁をいただき、今年で5年目になります。ELEC賞受賞当時、博士課程への進学を決め、将来、教職課程の学生を指導できたらという願いを、小さな規模ではありますが実現させる機会をいただきました。少ない人数であるがゆえに、一人一人に時間をかけて指導対応できるメリットがあります。学生たちがいずれ教壇に立った際に、あるいは生徒から質問を受けた際に役立つような理論的知識の習得と、生徒が英語の使用者になることを前提とした指導のための模擬授業演習を軸とし、それぞれについてじっくりとディスカッションを重ねながら、これまで英語の教職科目を担当してきました。学生たちは、絶対に教師になりたいという学生もいれば、教員免許をとりあえず取っておきたいという学生もいたりとさまざまですが、互いに模擬授業を重ねて切磋琢磨しているうちに本気になっていきます。学生が模擬授業を終えた後のコメントも、最初こそ私が細かく指摘をすることが多いものの、回を重ねるにつれて学生同士で褒め合い、改善点を指摘し合い、学び合う姿が見られるようになっていきます。教師になってからも、仲間と学び合う姿勢を持ち続けることが必要ですし、教師にならなくても、この経験が社会で活かされることを期待しています。学年によっては、私がいなくても良いのではと思うくらいに自分たちで成長し合っていますが、そんな時は私も学生と一緒に学んでいることを実感します。

 

1年目に担当した学生が現在、中学校教師として活躍している様子をみて、自分のことのように嬉しく思うと同時に、自分の新人教師時代の苦労を重ねて心配したりしています。

 

英語教育の現場は、コミュニケーション能力の育成や、スピーキング・ライティングも含めた各技能の伸長、小学校の英語教科化や、英語による授業の実施など、さまざまな改革の中で変化を求められています。これからも英語教育研究を続け、英語教職を目指す学生を支援しながら、私自身も一緒に前に進んでいきたいと考えています。

(ゆきもり まさみ)

 

*2008年度 ELEC賞 B部門(英語教育および英語教授法に関する研究論文)で受賞

*『英語展望』117号に授賞論文掲載 pp.58-65