ELEC英語教育賞
2024年度受賞校取組
有馬中学校
新たな可能性を求めて学び合い、積極的にコミュニケーションを取ろうとする生徒の育成
~PDCAサイクルの繰り返しを通して~
2024年度 ELEC英語教育賞 文部科学大臣賞を受賞した川崎市立有馬中学校の取組を紹介します。
1.取組前の課題
① 生徒の活動の様子
・「正確さ」を気にする生徒が多く、積極的に英語で話したり、書いたりして表現することに意欲が高くない生徒が多かった。間違いを恐れ、完璧な英語で表現しようとし、間違えたことで友だちからネガティブな発言や態度を取られることを気にしている生徒が多かった。また、学習塾に通う生徒も多く、入試で高得点を取ることへの興味が高く、英語の授業での発表、発話活動には積極的ではない生徒が多かった。
・英語の授業に興味を持っている生徒、英語の授業を楽しいと思っている生徒は全体の75%程度いる。一方で、積極的に発言したり、ボランティアで発表したり、意見を言う生徒はほとんどなかった。
②英語科教員の様子
・英語科教員のほとんどが個々の慣習で授業を行っていた。教員間の相談は、定期考査の前に教科書の進度を確認する程度の情報共有であった時期もあった。単語テストや基本文暗記テストなどをほぼ毎回の授業で15分程度行っている教員やパフォーマンステストを行っていない学年もあった。在籍年数の多い教員のやり方が尊重され、全体の歩調を乱すという理由で授業改善は進んでいなかった。
2.改善目標
① 生徒の変容に向けた授業改善:
・積極的に英語でコミュニケーションする生徒の育成のために、過去の慣習にとらわれることなく、現在の指導手順、学習活動を積極的に変えていくこと、本校生徒に合わせた指導法を模索し授業改善を行う。また、学習活動のねらいを明確にして、生徒が安心して取り組める、分かりやすい授業を作る。
②英語科全体での授業改善:
・授業観や経験の違いがある点を生かし、個々の教員の意見を尊重しながら、英語科全員で足並みをそろえて授業作りを行う。研究授業は順番で、全員が行う。
3.目標達成に向けた具体的な活動内容
- 生徒の変容に向けた授業改善:
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◆本校生徒の実態と目標とする生徒の姿から、生徒の活動時間や種類を多くして、英語を使う機会を増やせば積極的に英語でコミュニケーションを取る生徒が育成できるという考えを基本とした。自信をもって発表する生徒を育成する学習環境作りのためには、協働的な学習活動を活用し、生徒同士の相互評価活動が効果的ではないかと考えた。また、生徒自身が目標をもって活動に取り組み、振り返り、次のステップに進んでいく授業形態(PDCAサイクル)が必要だという意見にまとまった。そこで、生徒の活動を中心に組み立てられている5ラウンドシステムの授業を取り入れ、5ラウンドシステムの授業を元に本校の実態に合わせた授業作りを進めることになった。
◆有馬中学校版「5ラウンドシステム」の授業
同じ題材を繰り返し扱い、同じ学習活動を繰り返し行うことを通して英語力の向上を目指す指導方法のメリッ
トを生かすよう授業を組み立てた。本校では教科書のすべての UNIT を3つのブロックに分け、そのブロック内で5ラウンドシステム型の授業を元に、本校生徒に合わせてアレンジして授業を組み立てた。Round1 からRound5のブロックが1年間で3回繰り返す流れを作った。それぞれのブロックの終了時には、Story Retelling test を実施した。これにより、生徒は1年間で3回、それぞれのラウンドの活動を通して身に付けた「知識・技能」と「思考力・判断力・表現力」を生かして、Story-Retelling test も3回行う。1年生の1回目のブロック終了時には、今後も同じような学習活動は繰り返されるが、新たな題材を通して英語を学んでいく授業の流れを生徒は認識する。生徒は、2回目、3回目の Story-Retelling test に向けて、各自が改善点を確認し、目標を立て、学習を工夫しながら日ごろから学習に取り組むという大きな枠組みを考えた。
生徒が対話活動や Story-Retelling で out-put する表現は、教科書の音読活動の繰り返し、「思い出し活動」、「言いたかったけど言えなかった表現」の確認などの input-intake 活動を通して、正確性も含めて身に付けていけるよう活動を繰り返した。正確で基本となる英文はすべて教科書にある。音読を繰り返し、教科書の英文を活用するよう「手を変え、品を変えず」、教科書本文の表現を様々な形、場面で使う機会を設定し、目的・場面・状況に合わせて自分の言葉として使える生徒の育成を目指した。
小学校での英語の授業で身に着けたことを生かすよう、1年次12月までは、聞く、話す、読む活動を中心に授業を組み立てた。小学校時代に英語に苦手意識を持った生徒や文字を書くことに難しさを感じる生徒も意欲的に取り組む活動が増えると考えた。
・「自己肯定感」「自己有用感」「達成感」を感じる相互評価活動 =生徒が笑顔で活動する授業へ=
Chat 活動や Story-Retelling で、ペアの良かった点を伝え合う時間、アドバイスし合う時間を設定した。相手を「褒める」ためには、相手の発言や活動の様子をきちんと見たり、聞いたりする必要がある。また、褒めることばも選ばなくてはならない。いつも仲の良い友達とばかり活動するわけではない。同じクラスにいても個人的に会話はしないクラスメートもいる。そんな相手に「良かった点」を言語化することで、より良い人間関係を作ることができ、安心して学習に取り組めるのではないかと考えた。また、褒められた生徒は、自分の努力を認められ嬉しく感じ自己肯定感が高まると考えた。音読活動では、時間や回数を設定し、Writing の活動では、自分が書いた語数を記入させた。これにより、達成感を高めることができると考えた。
生徒間の相互評価の場面では、「eye-contact ができていた。」「自分のことばを繰り返してくれた。」「質問をたくさんしてくれて話が深まった。」などの良い点を伝え合っている。これは、interview test の rubric にもある観点である。生徒・教師間で確認した評価基準を意識して、対話活動に繰り返し取り組むことで、毎回少しずつだが英語力は向上していくと考えた。また、「だんだんスラスラ読めるようになってきた。」「時間を短くするために家で音読の練習をしてきた。」「時間内に書く単語が増えてきて嬉しい。」などの振り返りがあった。毎日行う活動の成果を可視化できるようにすることで、生徒の意欲が向上していくと考えた。
以上のように、友達からの評価を得ること、文字数や音読した回数などで成果を確認することで、自己肯定感、自己有用感、達成感を高めることにつながり、生徒同士の信頼感も高くなり、安心して間違う雰囲気が作られる。
このような協働学習的な活動などの環境、条件をつけることで、生徒は「夢中」になり、より楽しく授業を受けられるのではないかと考えた。
・生徒が試行錯誤できる「余白」がある授業 =中間指導=
Chat 活動の間に「言いたかったけど、言えなかった表現」を生徒からあげてもらう時間を設定した。生徒からは、簡単に英語に言い換えられない表現も出てくる。中学校2年生の授業で、「小学校3年生からやっている」は英語でどのように言えばいいのか質問が出た。3年生であれば現在完了形を使って表現できるが、2年生では未習表現である。生徒からいろいろな意見が出てくる中、1人の生徒が「小学校3年生の時に始めた」という言い方はできないかという提案があり、「I started it when I was 8 years old.」という表現に落ち着いた。他にも「雪遊び」「スイカ割り」「田園都市線が走っている」「初詣」などの抽象的なことばや日本独特のものについて生徒の発想を生かすことを主眼に置き、生徒が積極的に考える雰囲気作りをした。また、Story-Retellingの練習や Writing を読み合う活動では、生徒同士でアドバイスしたり調べる時間を設定した。短時間ではあるが生徒自身が答えを探して、試行錯誤する時間を作ることができた。このような生徒に委ねる時間を作ることは、
生徒が主体的に学習に取り組むきっかけ作りになると考えた。
・CHAT and Write / Chat and Speech<帯活動>
約1分間の Chat 活動をほぼ毎時間行った。ペアを変えながら、2人組で2回、4人組で1回、その日の Topicに従って対話活動をした。2年生、3年生は、Chat の後に topic について自分の考えや思い、事実などを3分間で書く活動を行った。その後で書いた文章をお互いに読み合う活動、アドバイスし合う活動を行った。
1年生は、翌年度から取り組むWriteの活動に備えて、Chatの後に、Chatで話したことをまとめて Speechでパートナーに伝える活動を行った。Speech の後には、聞き取ったことをそのパートナーに日本語でリポートし、聞き取った内容が正しかったか確認する。Speech をした生徒は、自分の話の内容がレポートされ、相手に伝わっていることが嬉しく、自信につながると考えた。また、リポートするためには正確に聞き取らなければならないので、聞き取る力も育成できると考えた。さらに、Write の活動、Speech の活動ともダイアログではなくモノローグで自分の考え、出来事を論理的に組み立てる力をつける活動となると考えた。
・音読活動<Round3/4>
音読練習は、Story-Retelling test、Interview test をゴールにした input-intake 活動として位置付けている。音読練習が、文字を音声化するだけの活動になってしまう生徒もいる。表現活動において、自分の言葉として英語を話したり書いたりする力を身に着けるため、内容を考えながら音読する活動を行っている。また、ラウンド制の授業では、教科書本文を何度も読むので、生徒が飽きない、達成感を得ることができる、学びがあるような音読活動を行っている。 行ってきた音読活動は、「番号読み」、「Memorizing time」、「アテレコ」、「なりきり Reading Plus」「穴あき音読」などである。穴あき音読は、3種類の穴あきプリント(新出単語中心、動詞の変化中心、並べ替え)を教師が作っている。主に、Round3では本文の文章に慣れることを目的とし、
Round4 では、内容理解、文法的な確認を促すことを目的とした。
・Story-Retelling<Round5> =中間評価活動から評価活動へ=
ブロックの活動のまとめとしての Story-Retelling では、発表の内容は生徒に委ねる部分を多く設定した。条件として、「教科書の物語を知らない人に向けて」、「自分の意見や考えや登場人物の心情などを交えて」、「Unitの概要を聞き手を意識して話すこと」とした。また、パフォーマンステストとしての Story-RetellingTest は、生徒がブロックの UNITから選んだ Unit で発表した。教科書本文を暗記して発表することを防ぐため発表時間を制限した。Rubric は事前に生徒に配布し、評価基準を共有した。
Round5でのStory-Retelling活動は、音読活動、Chat活動、Round2から行っている「思い出し活動」、教師による「Judging teacher’s Story-Retelling」などを通して身に着けた表現や話題の取り上げ方が参考になっていると考える。教師のモデルや Rubric を参考にしながら、生徒同士の練習中に行われる相互評価が「中間評価」となり、PDCA サイクルに繋がっていると考える。 生徒同士で相互評価することで、発表活動の内容やデリバリーも改善されていく。授業中の練習時間では、生徒が教科書を読み直したり、単語の意味を調べたり、お互いに聞き合ったりする主体的に活動に取り組む姿が見られた。 - 英語科全体での授業改善:
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◆週に1回の教科会
学校長に依頼し、英語科だけ教科会を時間割の中に組み込んだ。そこでは、授業に関する情報共有と問題提起、公開授業に向けた準備などについて話し合った。
・授業の振り返り
5ラウンドシステムの授業については、全員がよく分かっていなかったので、基本的には、題材を繰り返し使って学習を進める方法のメリットを生かすための学習活動について話し合った。講師の阿野幸一教授(文教大学)からのご示唆やご提案などを基本に授業改善を行った。授業を進める中でさまざまな疑問や勘違いがあった。
それを教科会で話題にしたり、実際に授業を見学して解消していった。パフォーマンステストの評価基準は、評価表を相談しながら作り、お互いが実際に評価している場面を見合うことで、評価に大きな差が出ないようにした。
◆研究授業と研究協議
・英語科教員全員で授業を公開
学校行事、学年行事の日程を考慮し、阿野先生に観ていただく授業、市英研の公開授業の担当者を決定した。
令和4年度は、時間講師の教員以外6名の教員が授業公開をした。決められた公開授業の日程に合わせて、各自が振り返りと改善を進めた。他の教員が行った公開授業を update して次回は自分が授業を行うことになるので、他の教員の授業を観る、相談する、試してみることが日常的になった。
・授業改善と課題解決
各活動時間、形成的評価などは、各教員の個性が現れる。しかし、授業の方向性、ねらい、目標は共通しているので、授業内容が大きく変わることはなかった。研究協議などでは、「面白そう」「楽しそう」「盛り上がりそう」などの活動はいくつも提案されるが、そのたび「その活動で、生徒は何を学ぶのか?」「何をねらいとした活動なのか?」を考え、意見交換をした。さまざまな英語力の生徒がいる教室で、どの生徒にもそれなりの達成感を味わえるような場面や条件の設定を考えた。文法事項を以前のように時間をかけて説明しないことへの教員自身の不安は払拭されていない。今後も、この点は研修を重ねていきたい。
・研究推進経過報告<職員会議後の10分間研修>
英語科の研究を学校全体の取り組みにするために、管理職から提案された短時間の研修会である。英語科で実践している学習活動やその理論、生徒の変容などを他教科の教員に「研究の途中経過」として伝えた。これをきっかけに英語の授業を参観したり、グループ活動などの学習形態に変化を加えるなど刺激になった教員も出てきた。学校全体で、英語科の授業に興味をもってもらったばかりではなく、他教科の授業改善につながった。
・各種授業公開に向けた作業分担
研究授業や公開授業(川崎市英語研究会主催など)を行うにあたり、前回の研究授業から改善する点や授業の流れ、指導案検討や研究協議会場の設定や時間割の変更などを教科会で相談した。授業者は、授業に集中し、授業発表のない教員は、裏方として印刷や会場作りを担当した。当たり前のことではあるが、本校の英語の授業改善のために、全員で取り組む集団として動けるようになったことは、授業作りに大変に有効であった。
4.得られた成果とその評価
- 生徒の変容に向けた授業改善:
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◆授業改善は現在も進んでいるが、研究推進を通して積極的にコミュニケーションを取る生徒の数は増えた。発話量は、そもそも対話活動が授業中に設定されていなかったので簡単な比較はできないが、増えていると感じている。特に、中学校1年生では対話活動を多くすることで、小学校で身に着けた力や習慣を生かすことができ、中学の授業への移行はスムーズだったと考えている。2学年では、Chat 活動の後に、その題材について書く活動を取り入れた。徐々に語数も増えいくことを実感できるこの活動で、生徒は達成感を感じている。英語を口にすることへの抵抗感が低くなった生徒たちの音読時の声量は大きくなり、スピードも速くなってきている。Story-Retelling を目標とした音読活動では、同じ文章をただ繰り返し読むだけではなく、登場人物の心情や場面を想像し、行間を読もうとする生徒が増えてきている。Story-Retelling test では、全体の前で発表するので、他の生徒の発表を聞くことで、自分の発表に足りない部分を知り読み取り方、行間の読み方、心情の捉え方の違いを比較することができる。協働学習活動から得られることは大変に多く、主体的に英語学習に取り組むきっかけになることが分かった。
・生徒が話したり書いたりする表現は、様々な学習活動で獲得し、生徒が自ら発展させていることが生徒の振り返りなどから分かった。教科書の音読で身に付けた表現を Chat 活動や Story-Retelling、writingで使う。
それを聴いたり読んだりしたペアの生徒は、その表現を真似して使うようになる。さらに、その表現を一部変えて別の場面や状況で使用することが繰り返されていた。生徒同士の学び合いが、主体的に学習に取り組む集団作りにつながっていたことがわかった。また、学習活動はそれぞれが独立したものではなく、「聞くこと」「話すこと」「読むこと」「書くこと」はすべて結びついており、教師が活動の結びつきを意識して、使用する表現を選ぶことが重要である。
・課題として挙げられていることは、現在の指導法では、教科書の題材を使って活動することに時間がかかり過ぎていることである。教科書以外の題材を使い、より社会的、道徳的な話題の英文に触れる機会を増やし、生徒の意識を膨らませるようにしていきたい。
・研究推進を通して、生徒の活動時間は大幅に増えた。5ラウンドシステムの学習活動の流れに従い授業作りを重ねていく過程で、今までは教師による説明が多すぎだったと感じることが多かった。教師は活動の指示をしたり、机間巡視をしたりする時間が増え、その分、生徒が活動に取り組む時間が増えた。これにより、今まであったら1回しかできなかった活動を3回できるようになり、その間に中間評価、中間指導も取り入れることができるようになった。生徒が活動する時間が増えれば、失敗すること、うまく行かないことも増える。生徒同士で練習する時間や個人で確認する時間など、生徒に「委ねる」時間を設定することもできた。これにより、以前より主体的に学習に取り組む生徒は大変に増えたと感じている。教師は、コーディネーター、ファシリテーターとしての役割を果たし、生徒が失敗ができる時間を増やすことが大切であることがわかった。 - 英語科全体での授業改善:
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・研究推進事業という約2年間の長いスパンの取り組みは容易ではないが、自分の授業を変えていきたいという気持ちはそれぞれの教員が持っていた。その中で、講師に阿野先生をお迎えできことが大変に大きかった。適切なご指導、ご助言をいただくことで、改善点が大変に明確になり、それぞれの教員が問題意識を持って授業作りに取り組むことができた。改善された授業で目にする生徒の変容は大変に素晴らしく、教師は刺激を受け、教師のやる気に繋がった。5ラウンドシステムという未経験の指導法を取り入れたことで、お互いが試したこと、失敗したことを共有することができたことがとても良かった。共通の課題があったことで、お互いの情報交換は活発になり、英語科全員で取り組む気持ちが作られていった。公開授業、研究授業の度に、生徒の積極的な姿に対する
他校からの参観者の反応も励みになった。教師の試みに一生懸命に反応し、授業に参加してくれる生徒の笑顔に支えられて研究は進められた。校内での他教科の先生方からの評価も励みになった。英語科の取り組みを工夫して自分の授業に取り入れる同僚もいた。英語科だけの授業改善ではなく、学校全体で授業を振り返る機会になったことは大変に有意義であったと考えている。今後もこの流れを繋げていきたい。
(2024年度ELEC英語教育賞 有馬中学校の申請書を編集して掲載しました)