英語教師としての源泉:8月4日 英語教育研修会 講師担当

中島 真紀子
筑波大学附属中学校教諭

1. 私を変えた「出会い」たち

 英語教師となり、17年目となりました。振り返ってみると、様々な「出会い」が今の私を支えてくれています。英語教師になると決心させてくれたイギリス大学院時代のクラスメイト、初任時に「『できない』を生徒のせいにしない」と教えてくれた指導教官、「英語を教える」ことに自信のなかった私を勉強会に誘ってくれた同期、研究会で「教科書で教える」ことの大切さを教えてくれた大先輩。何歳になっても学び続けることの大切さを教えてくれた大学院のゼミ仲間。そして、よりよい授業を目指し、日々切磋琢磨し合う筑波大学附属中学校の英語科の同志たち。こうした出会いの一つが欠けていても今の私はいない、そう言い切れるほど大切なものです。

2. 「英語教師」になったワケ

 大学時代、「バックパッカー」として世界各国を旅することが、私の長期休みの楽しみでした。とにかくお金がなかったので、「ボランティアをしたら無料で滞在させてもらえる」という軽い気持ちで、「発展途上国」と言われる国々でボランティアプログラムに参加したこともありました。そこでは、荒れ果てた学校の整備をしたり、人身売買などの被害にあって保護された子供たちに英語を教えたり…。ぬくぬくと日本で育ってきた私とは全く違った生活をしている子どもたちとの出会いがあり、そこでの経験が、「国際協力に関する仕事に就きたい!」という思いとなっていきました。

 そうした思いが募る中、途上国の持続可能な開発を手助けしていくには、何よりも「教育は欠かせないものである」ということを知った私は、より幅広く、より深い知識を得たいと思い、国際協力の場で働く準備も兼ねてイギリスのバーミンガム大学で教育分野の開発を学ぶ決意をします。そこでは、途上国の様々な課題を取り上げ、どのようにしたら質の高い教育が普及でき国の発展に貢献できるのか、そして、先進国の子供たちに対する「開発教育」をどのように行っていったらよいのかを学び、研究に没頭しました。そこで学びを共にしていたのは、ケニヤ、ウガンダ、マラウイ、イエメン…といった児童労働や人身売買、飢餓や戦争等、教育を普及させるのに困難な問題に直面している地域出身の人たちばかりでした。皆、自国の教育を良くしたい!という強い思いを持って学びに来ていました。そんなクラスメイトにとって、自国の日本ではなく、他国の教育問題に興味を示す私が奇異に映ったのかもしれません。ある時、ウガンダ人のクラスメイトに質問されました。「マキコ、日本の教育に問題はないの?」「あると思うけど、何で?」と聞き返した私に、そのクラスメイトはこう続けました。「じゃあ、どうしてここで学んだことを自分の国の教育を良くすることに使おうとしないの?」

「自国のために」という高い志をもったクラスメイトに囲まれていながら、学んだことを自分の国のために使う、という発想がなかった私は、この質問にハッとさせられました。「世界の困っている子どもたちのために!」という自己満足的な使命感と、上から目線の「やってあげたい」という思いから目が覚めた瞬間でした。「自分の国の教育に貢献するって…どうやって?英語の先生ならできると思うし、やってみたいけど…それって、貢献になるの?」そう考え始めた契機となりました。

3. 英語教師になった「私」と「英語の教科書」

「あなたは教科書のこの題材を使って、生徒に何を伝えたいの?」

 教員になって4年目のある研究会で授業公開した時、大ベテランの先生にこう言われました。その授業で扱った題材は “Try to Be the Only One” (New HORIZON 2)、全盲のテノール歌手である新垣勉さんの生き様を綴った読み物教材です。「伝えたいもの…?英語教師なので英語…だと思いますけれど?」としどろもどろに返答をした後の気まずい沈黙は、今でも忘れられません。そして、この先生からの一言が、私の「授業」や「教科書」に対する考え方をガラリと変えてくれたことは言うまでもありません。

 そもそも大学は文学部の英米文学科で、イギリスでも教育開発を専攻した私は、確立された英語教授法を学んだ記憶がなく(英語科教育法で学んだはずなのですが…)、授業ってどうしたらいいの?という迷いと「きちんと学んでいない」というコンプレックス、そして漠然とした「良い授業をしたい」という思いから、勉強会には頻繁に足を運んでいました。そこでは、「授業のテクニック」や「英語での楽しいアクティビティ」を教えてもらい、「面白そう」と思うと授業で試してみる、という繰り返しで、生徒が盛り上がってくれたらそれだけで満足していました。独自の授業スタイルがあるわけではなく、教わったテクニックや活動がどのような意図をもっているのか、目の前にいる生徒の実態と合っているのか…そんなことは全く考えていませんでした。教科書の読み物教材は、日本語で内容がわかればそれでよい、と思っていました。

 そんな私にとって、「英語の教科書を使って、生徒に何を伝えたいのか?」という質問は衝撃的で、その後の自分の授業を根本から見直すきっかけを与えてくれました。「教科書を使って、生徒に何を伝えることができるのか?」「教科書でどんな力をつけることができるのか?」を考えて授業を組み立てるようになり、やがて教科書の題材を扱ったTeacher Talkに生徒が熱心に耳を傾けてくれたり、教科書の表現を実際のコミュニケーションの場面で使用してくれる生徒が増えてきたりするのを目の当たりにし、ますます「教科書を活用した魅力的な授業」を展開したい、という思が強くなっていきました。そして、現在では教科書の執筆にも関わらせていただき、「教科書は全国の英語教育のスペシャリストと編集のスペシャリストの叡智と努力の結晶だ!」と実感しました。こんな素晴らしいものを最大限活用しない手はない、と心から思うようになりました。

 勤務校でも、「身につけた「知識・技能」を目的・場面・状況に合わせ、生徒自身が伝える内容を考え、判断して、英語で表現をしていく力を育成」(筑波大学附属中学校、2021)するための手立てとして、「教科書の扱いを見直す」ことに特化して研究を行い、現在もよりよい教科書の活用法を目指して、日々授業改善に取り組んでいます。また、「こんな風に活用するのはどうですか?」という提案を全国の先生方にお伝えする機会を頂くこともあり、「教科書は、日本全国の子どもたちに平等に与えられた最高のツールです。先生たちも楽しんで使いませんか?」とお伝えています。

4.「教師」であり「学生」でもある私

 現在、文教大学国際学研究科にて阿野幸一先生のご指導のもと、第二言語習得論について改めて学び直すと同時に、英語教育法の研究に邁進(?)しています。今特に興味を持っているのが「即興的に話すこと」、即興スピーキングです。

 現行の学習指導要領(文部科学省, 2017a)では、「話すこと」について、「話すこと[やり取り]」「話すこと[発表]」が示され、この両方の目標に「即興で」、という言葉が明記されました。日常のコミュニケーションでは、その場で考え判断して情報をやり取りしていることが圧倒的に多く、英語でのコミュニケーション能力の育成のためには「即興性」を養っていくことは必要不可欠であることは明らかです。学習指導要領解説(文部科学省, 2017b)によると、小学校英語の成果から、英語で「聞いたり」「話したり」することに慣れ親しみ、積極的にコミュニケーションをとろうとする姿勢をもつ生徒の増加、さらには、中学校の英語授業における教師の英語使用、言語活動の割合も増えているそうです。授業見学に行くと、即興的で対話的な言語活動を授業に取り入れている先生が増えていることを実感します。

 一方で、活動の中で、学習した文法事項を「目的・場面・状況に応じて、適切」に使用することが実際にできているのか、生徒がなんとなく言葉を発しているだけの活動となってはいないのか、という問題意識を持つようになりました。ブリティッシュカウンシルが行った日本の中学校英語教師を対象にしたスピーキング指導の状況調査によると、52%の教師が生徒のスピーキング力の向上を実感する一方で、上達しているかわからないと答えた教師も31%(日本教育新聞社, 2020)いた、という結果があります。生徒が上達している実感がもていない、なんとなく言語活動を行っている…それでは、いくらたくさん活動を行ったとしても、適切なコミュニケーション能力が向上しているとは言えないのではないか、と「もやもや」を感じていました。そこで現在は、この「もやもや」の答えを見つけようと、現状を検証し、生徒が適切に表現するようになるための指導方法を見出せないかと模索中です。

 様々な第二言語習得理論が議論されていますが、多くの理論でインプットは欠かせない、とされています。教科書は全国の中学生に保証されている質の高いインプット素材です。アルク教育総合研究所が行った『日本の高校生の英語スピーキング能力実態調査』(株式会社アルク, 2019)のまとめの中で、スピーキング力を伸ばすためのヒントとして「適切な教科書選び」や「音読、リテリング活動の機会を持つこと」を挙げています。スピーキング活動を行なっていくことも大切ですが、やはり「教科書」を適切に、そして最大限活用することも大切な要素であることがわかります。ですから、今行っている研究においても「教科書」の可能性、魅力をより深く探り続けていくつもりです。

5.『自分が源泉』

 私の座右の銘です。全ての出来事は自分が生み出しているという考え方です。言い換えれば、自分の身の回りに起きる出来事は、全て自分の心がけや行動次第で変えていける、ということです。様々な素敵な出会いや経験を経て、今の私がいます。そんな素敵な出会いや経験を、今後もたくさん積み重ねていける行動を心がけたいと思っています。そして、その出会いや経験を、目の前にいる生徒たちに還元していきたい、そう強く思います。

■参考資料
金谷憲(監)(2019).『英語スピーキング力はどう伸びるのか』東京:株式会社アルク
白井恭弘 (2021).『英語教師のための第二言語習得論入門』東京:大修館書店
筑波大学附属中学校(2021)『筑波大学附属中学校研究協議会発表要項』第49回
日本教育新聞社. 2020.『変わる!英語教育(第71回)中学校のスピーキング指導状況を調査(下)』2020年3月2日号. No.1558. p.46-47
文部科学省(2017a)『中学校学習指導要領』
文部科学省(2017b)『中学校学習指導要領(平成29年告示)解説 外国語編』