語彙習得理論に裏付けられた語彙活動の開発

ELEC同友会英語研究学会研究活動⑧
(語彙指導研究部会より)

岡田順子(元埼玉県立朝霞高等学校教諭)

語彙指導研究部会は2004年に発足した比較的若い研究部会である。本部会は多くの語彙活動を開発してきたが、裏付けられている理論については、発表する機会が今までなかった。そこで、本稿では、まず語彙習得理論を記憶の点からまとめるとともに、どのセオリーがどの語彙活動に結びついているのかを概観したい。文中の( )内はその理論に強く裏付けられた活動を示してある。実際の語彙活動は、理論のあとにまとめてある。

1 メンタルレキシコン

メンタルレキシコンとは、頭の中に入った語彙(L1でもL2でも)は、どのように蓄積されているのかを説明した理論である。Aitchson(2003)は、まず、つぎのような問いかけからこの理論を展開している。

“人間はなぜ普通に話すスピードで言葉を発することができるのか?”

その答えは、「語彙は人間の頭の中でランダムに蓄積されているのではなく、非常に理路整然とした形で蓄積されている」ということである。Aitchsonによれば、以下の4つのつながりが非常に強いとされている。

まず第1に等位語同士のつながりである。cat, dog, tiger, lion, elephantといった等位語は密接に結びついて脳の中に蓄積されていることが明らかになっている。英語母語話者に、「catから連想する語は?」と聞くと、かなりの確率で等位語のグループの中から答えが返ってくる。名詞の場合は特に80%以上が等位語からの返答である。これは、等位語同士が脳の近いところに蓄積されていることの証である。したがって、語彙指導では、新しい単語、たとえば raccoon という語を覚えさせたいときは、学習者がすでに知っている等位語、cat, dog, tiger などと結びつけて覚えさせると、その語の習得が促進される(活動④仲間同士ビンゴ)。

第2に、形容詞と名詞でよくつながる語、動詞と副詞でよくつながる語(collocational linksという)は、脳の中で密接につながりあって保存されている。たとえば、英語母語話者の脳の中でhugeという形容詞は、huge garden, huge house, huge animal, huge buildingなどというフレーズで密接なつながりをもって蓄積されている。したがって、学習者にhugeという単語を教えるときは、hugeとつながる単語をたくさん挙げさせてみると習得が促進される(活動⑤フレーズビンゴ)。

第3に、同意語と反意語同士のつながりである。もう一度、hugeという単語を例にとってみる。英語母語話者は、huge, enormous, big, medium-sized, small, little, tiny という語は密接に結びつけて脳の中に記憶している。したがって、hugeという単語を学習者に覚えさせるときは、学習者がすでに知っている同意語、反意語と結びつけると習得が早くなる(活動⑥同意語・反意語ビンゴ)。hugeの場合は、big, small, littleなどと比べて覚えさせるとよいだろう。

第4に、接頭辞・接尾辞のつながりが挙げられる。同じ接頭辞・接尾辞を共有する単語同士も、やはり、脳の中で密接につながって蓄積されている。たとえば、dis-という接頭辞を持つ単語同士、dislike, dishonest などはつながりあって脳の中に蓄積されている。したがって、dis-のつく新出語、たとえば、discomfort を教えるときは、学習者がすでに知っているdis(同じ接頭辞)を持つ語、dislikeなどと結びつけて教えると効果がある(活動⑦ 接頭辞・接尾辞ビンゴ)。それには、普段からの授業で接頭辞・接尾辞を教えておく必要がある。

2 記憶とイメージ性

イメージ性の高い語は、イメージ性の低い語よりも記憶に残りやすいことが種々の実験からわかっている。

Paivio (1978) は、符号化、表象化には2つの異なったシステム、すなわち、イメージプロセスと言語プロセスが用いられるという二重符号化理論を提唱した。イメージシステムは、非言語的な事象の処理に用いられ、言語システムは、言語情報を処理する。イメージシステムと言語システムを両方利用することで、その単語の記憶を促進することができる。したがって、イメージ性の高い語のみならず低い語であってもできる限り何らかのイメージを思い浮かべさせるようにするとその語の記憶は促進される(活動② 絵カードビンゴ)。

3 記憶のメカニズム ワーキングメモリーモデル

記憶には、メンタルレキシコンのように頭の中に貯蔵されている長期記憶と、新情報の取り込みや、言語使用のために一時的に活性化されるワーキングメモリー(作業記憶)とがある。門田・池村(2006)によると、視覚的、聴覚的にアクセスされた新しい語彙情報はいったんワーキングメモリーに取り込まれる。ワーキングメモリーに保持されている時間はそれほど長くはないのであるが、その時間内に頭の中に保持されている長期記憶の中の様々な語や、イメージ、ジェスチャー、その他の情報と照合されたり、実際に使われたりする(活動⑩英作文ワードサーチ)と、その語は長期記憶に取り込まれやすくなる(ここでいう照合とは、メンタルレキシコンの章では“結びつけて覚えさせる”という言葉で表現されていることとほぼ同義である)。

照合には、表1のような種類があるが、語彙の新情報がワーキングメモリーに保持されているうちにできるだけ多角的で、かつ、その語の形態や音韻よりも意味情報との照合が行われると、長期記憶に残りやすいと言われている(このことは、後述する“深い処理仮説”とも一致する)。

 

照合は、ワーキングメモリーに取り込まれた語彙情報が消えないうちにできるだけ繰り返し何回も行われるのとともに、その質の高さも問題となる。表1でいえば、上から下へ行くほど精緻化が高くなり、長期記憶に取り込まれやすい。精緻化とは、語彙の新情報と既知情報とが意味的に関連づけられることを指す。

4 深い処理仮説

 Craik & Lockhurt (1972), Craik & Tulving (1975) は、語彙の習得の早さは、いかに“深いレベル”でその語彙を処理したかによるという理論を提案した。この理論を非常に簡単にいうと、「語の形(スペリングや音韻)ではなく、その意味について深く考えたとき深い処理につながり、記憶が促進される」ということである。表2は、語彙タスクが処理の浅い順(精緻化の低い順)にならべてある。下へいけばいくほど処理が深くなり(精緻化が高くなり)、語彙が習得されやすくなる。

表2 処理水準モデル (門田・池村2006より改変)

精緻化の効果として門田・池村(2006)は、以下のような例を挙げている。与えられた関連性のない単語のリストを、自分なりの基準で関連づけ、組織化して覚える作業をすると、単語が記憶に残りやすい。長期記憶の中の意味ネットワークに新項目(新単語)を関連づけることで、新項目の記憶を促進できるからである(活動⑪Modified Repetition )。

これからは、今まで書いてきた理論がどのように語彙活動として行われるのかを見ていくことにする。

1 ビンゴのバリエーション

活動⑤フレーズビンゴ

同様のやり方で

 huge →building  beautiful →flower, long →vacation など。

活動⑥ 同意語・反意語ビンゴ

同様のやり方で、

 purchase → buy, complete → finish,  enormous → huge など。

2活動⑨ 文脈ワードサーチ

 ネット上の「puzzle maker」というサイトを使ってワードサーチ表を作る。

    

 以下の(   )に当てはまる単語を表の中から探し、表に〇をつける。

 1. Do you (      ) a dog?

 2. We (      ) songs every day.

 3. I (       ) him at the station. He had a heavy bag.

 4. I (       ) a lot of books during the summer vacation.

活動⑩ 英作文ワードサーチ

  表の中から探せた単語をつないで英作文する。(実際に単語を使ってみる)

【例】We play soccer.

 入っている単語 book, have, like, piano, play, read, sing, soccer, I, the, we等

   

4.まとめ

本部会が作成した語彙活動は、このように、理論と結びついている。これからも、理論に基づく語彙活動を作成していきたい。

ELEC同友会英語教育学会 語彙指導研究部会
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