新刊書評:『5つの実践例から学ぶ 生徒と共に創る英語授業-主体性を育むために-』田村岳充編著

A5判 200頁 本体 2,200円 大修館書店

                   太田 洋(東京家政大学教授)

「いい授業」とは、いったいどのような授業なのでしょうか。テンポがよく、教師が巧みに生徒をリードし、教室には活気があふれ、生徒が楽しそうに活動している——多くの人がそのような光景を思い浮かべるでしょう。確かに、そのような授業は見ていて心地よく、教師にとっても達成感のあるものです。しかし本当に、それだけで「よい授業」と言い切れるのでしょうか。

現在の学習指導要領では、「知識・技能」「思考力・判断力・表現力」に加えて、「主体的に学習に取り組む態度」が重視されています。さらに、生徒の実態や背景もますます多様化しています。こうした状況の中で、授業のあり方は、教師が主語の授業から、生徒が主語の授業へと転換していくことが求められています。しかし、頭ではその必要性が分かっていても、「では、具体的にどう変えていけばよいのか」「何を拠り所に授業をつくればよいのか」と悩む先生方は少なくないはずです。本書は、まさにそうした現場の切実な問いに、理論と実践の両面から誠実に応えてくれる一冊です。

本書には、編著者田村先生をはじめ、実践を執筆された多くの先生方が、かつての「教師主導・テンポ重視・トレーニング型」の授業から、生徒が主体となる授業へと試行錯誤しながら転換していった歩みが、率直に、しかも温かい眼差しで綴られています。成功談だけでなく、迷いや失敗までも包み隠さず示されているからこそ、読者は「自分にもできるかもしれない」と背中を押されるのです。

本書は、特に次のような思いをもつ先生方に強く薦めたい一冊です。  
・自分の授業を今一度、根本から見直したい  
・授業改善に取り組みたいが、何から手を付ければよいか分からない  
・生徒が自ら学びに向かう授業を実現したい

第1章・第2章は理論編として構成されています。授業づくりを学ぼうとする際に、ともすれば指導の技術や活動を求めたくなります。しかしそれらの技術や活動を生かすための考え方や理論を知っておくことが大切です。第1章では、「生徒が主体的に学ぼうとする授業」を支える土台となる考え方が丁寧に整理されています。「生徒理解」「教師のものの見方」「3つの指導アプローチ」「生徒の自己決定」「心理的安全性」「協働的な学び」など、いずれも英語教育にとどまらず、すべての教科に通じる重要な視点です。特徴的なのは、単なる理論解説で終わらず、各節に省察のためのミニタスクが用意され、読者が自分自身の授業を振り返り、さらに「バージョンアップ」のための具体的行動へと導かれる構成になっている点です。理論→省察→改善という流れが自然に組み込まれており、自らを省みながら読み進められる工夫に、本書の誠実さを感じました。

第2章では、英語授業づくりの具体を支える核心的なポイントが示されます。ここで扱われているのは、発問や板書といった個別の技術ではなく、「主体的に学ぶ生徒を育てる視点」「バックワードデザイン」「言語活動の目的・場面・状況の重視」「主体性につながる学び」など、授業全体を貫く設計思想です。学習指導要領のキーワードが、平易な言葉と具体例によって示されていて、「分かったつもり」で終わらせない構成になっています。私は「言語活動の目的・場面・状況の重視」に共感しながら読ませてもらいました。「大切」「そうだよな」と思いながらラインマーカーをたくさん引かせてもらいました。 

第3章からは、5名の先生方による実践編「生徒と共に創る英語授業」が展開されます。いずれの実践も、「自己紹介」「変化の経緯」「指導事項」「読者へのメッセージ」「実践から学びたいこと」という共通の枠組みで整理され、最初に編者の田村先生がそれぞれの実践に価値づけをしています。その際に1,2章で紹介した6つの理論と4つのポイントをアイコンにしてわかりやすく整理しています。理論と実践が往還する構成は、読者の理解を一層深めてくれます。

小林明子先生の実践「ディベート活動で主体性を育む」では、生徒の声に耳を傾け、単元途中であっても計画を柔軟に見直していく姿勢が印象的でした。特に、生徒と共に評価基準(ルーブリック)を作成した点は象徴的です。「相手グループにわかりやすいように、自分たちの主張を伝えている」という基準が生徒自身の言葉から生まれたことで、活動が「やらされる学習」から「自分たちの学び」へと転換していく過程が鮮やかに伝わってきます。小林先生は実践のまとめに次のように書いています。「教師のリードがないと生徒は学ぶことができない」から「ゴールまでのイメージを生徒と教師が共有し、そこにたどり着くためのスモールステップを刻んでいけば、試行錯誤しながらも、生徒たちは自ら歩んでいきます」

櫻井健一郎先生の「生徒と共にバックワードで創る」では、「My Treasure」というスピーチ課題を核にした単元構想が紹介されます。生徒が本当に語りたい内容から逆算して授業を設計していく実践は、まさにバックワードデザインの醍醐味です。評価規準についても生徒と共に考えました。例えば「工夫して発表」とざっくりとした内容だけを生徒に示し、「どんな工夫をした発表なら、相手に自分のことを知ってもらえると思いますか」と尋ねたそうです。ゴールの共有を図ることで、生徒が課題・自分・仲間と向き合いながら学びを深めていく姿が実感をもって描かれています。

石井宗弘先生の「目的・場面・状況を大切に」では、単元構想の具体的な手順が7段階で詳細に示され、極めて実践的な内容となっています。特筆すべきは、教科書本文を活用し、単元末活動に生かしていく活動です。単元末活動で使えそうな表現を教科書から選び、それを参考にしながら英文を考えるように促しました。結果、生徒たちは教科書には参考となる英文がたくさんあることに気が付く時間になったそうです。生徒の提案を取り入れて活動条件を変えるなど、授業が生徒と共に更新されていく様子が生き生きと描かれています。

小岩井高徳先生の「生徒の思いや願いを真ん中に置く」では、他教科の教師との交流をきっかけに、発問や単元構想が洗練されていく過程が語られます。生徒のつぶやきから単元の目標を立て、教科書を横断して教科書の登場人物の魅力を次のように伝え合う活動へと発展させました。―「これまで読んできたことを基に、自分たちが選んだ教科書の登場人物について、その魅力が相手に伝わるように発表する」「友たちが発表した登場人物の内容についてより深く理解するために、友達が話したことについて問答し合う」この構想は、まさに「生徒理解」から始まる授業づくりの好例だと感じました。

吉田貴美子先生の「主体的に学びに向かう」では、長年取り組まれてきたSmall Output活動を、単元ゴールと結び付けて再構築していく道のりが描かれています。私は授業を参観させていただいたことがあります。教科書の内容を生徒たちが小グループになって、Picture Describing 活動を粘り強く英語を話し、同じグループの生徒たちが反応しながら聞いていたことがとても印象的でした。生徒自身がルーブリックを作成し、振り返りによって学びを調整していくプロセスは、主体的な学習の具体像を明確に示しています。

5名の実践を通して浮かび上がってくるのは、「生徒を信じ、任せ、対話し、共に授業を創る」ことの力です。教師がすべてをコントロールする授業から、生徒と共にゴールを見据え、試行錯誤しながら進んでいく授業へ——その転換は決して容易ではありません。しかし、本書の実践は、その一歩一歩が確かに現場で可能であることを示してくれています。

最後に紹介される吉田先生の言葉は、本書全体を象徴しています。 「教師が運転する電車に生徒たちを乗せて目的地へ向かう授業は、安全で順調そうに見える。しかし、そこに生徒自身が考え、判断し、発言する場面をほんの少しでも設けたい。」

本書は、「生徒が主語の授業づくりをしてみたい」と願うすべての教師にとって、確かな道標となる一冊です。読み終えたとき、きっとあなたも「明日の授業を少し変えてみよう」と思えるはずです。

                                                  (おおた ひろし)